改めて、猫のいる風景

やっぱり一軒家だと、広くて楽しいんでしょうね。

祖父宅から帰宅しました。
おじいちゃんとは色々あったけれども、最後はちゃんと笑って別れられたのでよかったです。
あとは一週間くらい、何処に行くでもなくのんびり過ごします。要するに簡単にいうと、引きこもり時代の再来です。
帰りの新幹線は18日のものをとってしまったので、まあ、1週間程度ではありますが。

昔と違うのは、クロちゃんがいるということ。
クロちゃんにとっては二度目の私の実家なので、かなり慣れた様子です。
青森に連れていかれたり祖父宅で外に放たれたりと、一番大変だったのはクロちゃんだったと思う。
残りの一週間はクロちゃんにもまったり過ごしてもらおうと思います。
頑張って「ちゅ~る」を覚えさせたい。

元々は猫や犬などのペットがダメだった父と祖母。
今ではニコニコしながら「クロ、クロちゃん」と呼んで可愛がってくれています。
クロちゃんも自分の名前や、相手が好意的だということがわかるんだろうなと思う。
毎日朝になったら私と一緒に起きてきて、両親、祖母に朝の挨拶。
我が家にはドアノブのある部屋がトイレくらいなので、気になる引き戸は勝手に開けてしまって冒険しています。
基本的には私の部屋と居間だけにいてほしいんだけど、人の目を盗んで納屋や両親の寝室、床の間の方まで行ってしまったりする。
好奇心旺盛だけども、台所を荒らしたり家具や壁を傷つけたりせずに、「ダメ」と言われたらすぐ辞める所が好印象なのだと思います。
おばあちゃんなんか、本当に猫が嫌いだったから。
だからおばあちゃんとクロちゃんがニコニコしながら遊んでいるのを見ると嬉しいですね。

今回の帰省には一眼レフを持ってきているので、クロちゃんを追いかけながらカメラでも遊んでいます。
なんていうか、こういう環境も悪くないのかなって思っています。

私が心を壊してしまった学生時代にこういう形で私の心とか、家族との間とかに入り込んで余裕を作ってくれる存在がいてくれたらよかったのかなとふと思います。
当時はペットはダメ、カメか金魚なら良いような、そんなギスギスした雰囲気だったから。

今は、家族も私も年をとったので少し丸くなったとも言えますが、それでもまあ、今になったからこういう環境が出来上がったといえると思うのです。
時々、息苦しくなるしおなかも痛くなるし、吐いてしまうこともある。
だから、なんとも言えない。
終わったことをほじくり返しても何にもならないということもあるし。
それでも許せないことは割といっぱいあって。私が臭いものに蓋をすることを手助けしてくれているのがクロちゃんだと思う。
許せないことやつらいことは、やっぱり蓋をすることが必要で。
蓋をできないときっと泥にまみれながら精神を汚濁させていつまでも沼を掘り続けなければならないだろう。
たぶん、私だったらそうすると思う。恨みと辛みと色んなもので自分を壊し続けて、それを「達成感」と呼んでいると思う。
そうでないと、あまりにも救われない。

もっとも、記憶に蓋をして、虫食い状態で精神を壊したまま目を逸らしている生涯が、良いかどうかというのはまた別の話。

いずれにしろ、クロちゃんに会えてよかったということを、何度でも再認する日々です。
飼い主に似て、温厚で利口な内弁慶の猫さんですから。

これからもクロちゃんに感謝することがたくさんあるかと思います。
そのたびにわたしはこうして記録をきちんと残していられたらいいな。

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