黄金休暇が終わった話

今年は6日からでした。

 

 

 

 

5日には誕生日があって、永遠の齢四百を迎えました。
あからさまなプレゼントくれくれをしたら本当に贈ってくれた人がいてとても嬉しいです。ありがとうございました。
15日はクロちゃんの誕生日(推定)なのですが、今年は質素になりそうです。先月何かと入り用のものが多かったので。
クロちゃんのほしい物リスト

最近は現実逃避に精が出ます。

人間が人間に復讐する理由は、好きな相手に裏切られたがゆえの恨みであり、どうでもいい相手になら、何をされても無視する

という言葉を最近知りました。合っているような、合っていないような気がします。
事実、このような言もあったりして、酷く納得するのに、言うは易く行うは難し。

最近はスランプというよりも完全な精神異常を来していて、「狡猾」とか「誘導尋問」とかそういう単語に反応して「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっmわ粟田下は和私は私は悪くない私はそんなことをしていいない私はそんな意味で会話していない私は違う私は私アハあわたしはああ」って頭の中で叫びだして手首切りたい衝動で体中掻き毟る勢いのまま安定剤を飲んでいます。
いえ、機嫌が悪い知人にちょっとした八つ当たりをされまして、それを理由に綺麗に絶縁させて戴いたのですが、言葉の刃の鋭さで傷が化膿して死にたくなるんですよね。生活に支障が出ているので医療費請求したいレベルだけどもう関わりたくない。

関わりたくないといえば、知人が文壇デビューして、すごいなあって。
でもそこにあるのは尊敬とか羨望ではなくて(いや、すごいとは思う。私にはできないことだから、とてもすごいと思っている)、「なんで人間がぐちゃぐちゃと挽肉になっている場所に自ら飛び込めるのか、行為そのものが私には絶対無理で、そういう意味も含めてすごい。私は怖くてできない。無理。だから知人はすごい」という感覚です。

ようするに人間恐怖・人間不信・厭世観が一気にやってきているんだなとブログを書きながら自己分析をしてみる。
見知らぬ人間に関わるとか考えただけで吐きそう。
黄金休暇は予算の関係などもあって、ずっと家にいました。
クロちゃんと一緒にごろごろしながらアイドルをプロデュースしていて、そんなんじゃダメだわと思いながら、短編小説に自己救済を求めて途中で破り捨てたりとか、とにかく精神が異常に不安定。なにもかもあいつのせいだって感じは無きにしも非ずなのだけれどもそういうのを今更ああだこうだしても言い放った言葉の撤回なんて無意味なのでひたすら耐えるばかりの地獄です。
脳味噌がショートするか、精神疲労で限界に至るかすると何時間でも眠り続けるので、もうそういう生き物だと思ってください。
そういう意味でも手芸が捗ります。「10×10cmの正方形を繋ぎ合わせて炬燵布団(敷く方)を作るんだっ」って言ったら友人に引かれました。私も頭がどうかしていると思う。でも、母は2年かけてダブルベッド用の布団カバーをパッチワークで作ったんです。だから私にもできるはず。そう、黙って針と糸とはさみと布を繋げて切って繋いで切ってを繰り返して理想を描くのです。私の心はそれなりに壊れているようなのですが接着剤がどこにいったかわかりません。「あ、これ、私のことか」とかいう被害妄想が生じる為に迂闊に読書ができない。こんな私が召還しそうなサーヴァントはありすやアンデルセンだそうです。なんだかすごく仲良くできそう。

それはそうとして、ふと思うのですが、趣味や性格は加齢に併せて変えるべきなのでしょうか。
例えば「18歳の女子高生がリストカットをしているのはいいが、四十代の主婦がリストカットをしているのはよくない」というのは、明らかに見る側の好みの問題なのですよね。別に18歳の女子高生も四十代の主婦もお前の好みに合わせてねえよ、と思うのですが、私がおかしいのでしょうか。
「廃刊に伴いKERAを卒業します。今後はちょっとBAILAとかのエレガンス路線でいきます。ライブとコミケは引き続き継続」とかならわかるのです。
或いは社会人的な問題である程度の化粧が求められるとか、髪の色や髭の長さがああだのこうだのというのならまだわかるんです。
あとは「リストカットは傷跡を見た人が不快感を覚える」っていうならまだわかるんですよ。ええ。それならまだ理解できる。
何故、引きこもりで自由業で病んでる私がオーバードーズをしたところで文句を言われるのかがわからん。
何故、児童書が好きで、物語を書いていることに文句を言われるのかわからない。
取り敢えず明確な根拠をよこせ。でないと全員殺す。そんな気分でいっぱいです。だってオーバードーズなんて「見た人を不快にさせる」ような痕跡は残りませんからね。
私は遠からずして腎臓か肝臓か肺を壊して死ぬと思います。自殺じゃなかったらその辺りの病気でしょう。
ODも繰り返しているので心臓の弁に穴があいてるかもしれないし。

今はただ、安らぎを得たい。
怯えたり警戒したりしないで安心して眠りたい。
クロちゃんは、私に気を遣いすぎだ。

とりあえず、満身創痍。手芸が捗る。

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